上野国神名帳とは | 上野国神名帳の神社 ~群馬県 古社の足跡~

上野国神名帳とは -上野国司が作成した国帳-

上野国神名帳は国司が国内神459座に班幣のため作成した国帳が原型で、国内崇敬神社を記録した国内神名帳であり、国内の主要神社を1箇所に勧請するために作成された、いわば律令制度下における神社のランキングである。 製作年は不明だが、総社神社では1298年に写されていることや総社神社の創建の伝説から平安時代後期には既に存在していたのではないかと思われる。

上野国神名帳は主に総社神社御神体になっている上野十四郡諸社神名帳で通称「総社本」、一之宮貫前神社所蔵の上野国神名帳(氏春の署名)で通称「一宮本」、三夜沢赤城神社旧社家真隅田家の上野国神名帳で通称「群書類従所収本」の三本の異本があり、神社名ではなく神名で記載されている。多く残されている上野国神名帳はこの三本の神名帳を元として写されているのである。

記載神社は鎮守社に国内で重要な位置付けにある神社、各郡には有力な神社が掲載されている。神階が従五位下よりも下位の神社は記載されずに余社としてまとめて数えられている。 上野国神名帳が平安時代に記載されたものと考えると、記載前から崇拝されていた神社であるので創建は古く、大半は国史に記載が無いが式外社であると考えてもよいと思われる。

上野国神名帳の違い -上野国神名帳には異本が三本ある-

上野国神名帳は内容に明らかな違いがある。五百七十九座の神名帳と五百四十九座の神名帳、鎮守社が十二社と十社、神階の相違、神名の相違、神名の記載の有無など。 これは本来元であると思われる「総社本」の写し間違いではないと思われ、元となっているものが違うと思われる。

また総社本の写しや一宮本の写しなどでも、元となっていると思われる神名帳と微妙に違っていることが多く、書き写し間違いだけでなく加筆や減筆といったことがあるようだ。 勢力内の神社が記載されていることは名誉であることから、当時の時代背景や神社・豪族等の圧力によって違いが生じたことにより異本が存在することも充分に考えられる。

上野国神名帳記載の現存社 -同名神社はとても少ない-

上野国神名帳に記載されている神社は全て神名になっていて、神社名ではない。 神名から判断できる記載神社は、全てでは無いが現在も残されている。 しかし同名神社はとても少なく、1座の神名に論社が複数あることも多い。 他にも神社関係者・豪族・氏子などが少しでも由緒ある神社にして政治的に利用するために由緒を書き加えた神社もある。 また口碑・推測といった根拠が薄い論社も多く、該当神社がハッキリ明確になっている神名は少ない。

上野国神名帳の写本

  • 上野総社神社のご神体、上野十四郡諸社神名帳(県指定重要文化財)
    (総社本)
  • 一之宮貫前神社所蔵の上野国神名帳
    (一宮本)
  • 三夜沢赤城神社旧社家真隅田家の上野国神名帳
    (群書類従所収本)
  • 鈴鹿連胤氏の書写による上野国神名帳
    (神社覈録)
  • 奈佐勝皐氏の書写による上野国神名帳
    (奈佐本)
  • 廣野大神社の総社本写し